BPSD(認知症周辺症状)

BPSDとは、認知症の中核症状(記憶障害や見当識障害など)に加えて起こる「行動」や「心理的な症状」のことです。認知症のある方の多くが、病気の進行とともにこのような症状を経験します。

BPSDは「認知症周辺症状」とも呼ばれますが、決しておまけではなく、本人や家族の生活に大きな影響を与える重要な症状です。

BPSD(認知症周辺症状)とは?

「最近、母が怒りっぽくなって…」
「夜中に父が勝手に外へ出て行こうとするんです」
「財布がないと何度も探して、私を泥棒呼ばわりして…」

このようなエピソードに、心当たりはありませんか?

認知症と聞くと、「もの忘れがひどくなる病気」という印象が一般的かもしれません。もちろん、記憶力の低下は認知症の代表的な症状のひとつです。でも、実際に介護をしているご家族から聞こえてくる声の多くは、もの忘れ以外の行動や感情の変化に関する悩みです。

それもそのはず。認知症では、記憶障害や判断力の低下といった中核症状に加えて、怒りっぽさ・不安・妄想・徘徊・暴言・幻覚などの「周辺症状(BPSD)」が現れることが少なくないのです。

ご家族にとっては、「なぜそんなことを言うの?」「どうしてそんな行動をとるの?」と理解できず、戸惑い、悲しみ、時には怒りすら感じてしまうこともあるでしょう。一方で、ご本人もまた、周囲にうまく思いを伝えられず、混乱や恐怖を抱えながら日々を過ごしています。

BPSDは、そうしたご本人の内面のつらさや不安、脳の変化、生活環境などが複雑に影響しあって生じる症状です。決して、わがままや甘え、性格のせいではないのです。

目次

BPSDの具体的な症状とその背景

BPSD(認知症周辺症状)は、認知症の中核症状に伴って現れる心理的・行動的な変化のことを指します。

一見「問題行動」に見えるこれらの症状も、実はご本人なりの理由があるのです。

以下に代表的なBPSDの症状を取り上げ、それぞれの背景や意味について詳しく見ていきます。

被害妄想(物盗られ妄想)

「財布がない。あんた、盗ったでしょ?」
こうした訴えは、ご家族を深く傷つけ、関係に亀裂を生じさせることもあります。けれども、これも病気による症状のひとつです。

認知症では、短期記憶が特に障害されやすく、自分が財布をしまったこと自体を忘れてしまいます。その結果、「ない」=「誰かが盗った」と脳が因果関係を作ってしまうのです。
家族が身近な存在であるがゆえに、疑われやすいという皮肉な側面もあります。

幻視・幻聴

「壁に虫がいる」「誰かが部屋に入ってきた」など、実際には存在しないものを見たり聞いたりすることがあります。特にレビー小体型認知症では、リアルな幻視が早期から出現することが特徴です。

幻視・幻聴が起こる背景としては、現実と幻想を区別する力が弱まり、脳がないはずの刺激を作り出してしまいます。視力の低下や暗い照明、疲労なども誘因になります。

徘徊

目的もなく歩き回る、家を出て迷子になるといった「徘徊」もBPSDのひとつです。

「なぜこんな行動を?」と家族は混乱しますが、本人には理由があるつもりなのです。

「ここはどこ?」「どうしてここにいるの?」という空間や時間の感覚の混乱に、不安や焦りが加わると、「帰らなきゃ」「出かけなきゃ」と身体が動いてしまいます。トイレや人を探そうとして動き回ることもあります。

興奮・暴力・暴言

急に怒り出したり、大声を出したり、場合によっては手が出ることもあります。介護するご家族にとって、非常に苦痛な症状のひとつです。

認知症になると感情のコントロールが難しくなり、小さなストレスや混乱でも一気に爆発することがあります。たとえば、着替えや入浴で身体に触られることが「暴力」として感じられ、自己防衛的に抵抗しているケースもあります。

介護拒否・抵抗

「お風呂に入りましょう」と声をかけても、「嫌だ!やめて!」と強く拒否されることがあります。

何をされようとしているのかが分からず、不安や警戒心が強くなっています。認知症が進んでも羞恥心は残っていることもあり、「裸にされる」「人前で服を脱ぐ」という感覚が苦痛になるのです。

抑うつ・意欲の低下

以前は笑顔で話していたのに、最近は無表情で無気力。声をかけても反応が鈍く、寝てばかりいる。これは、「歳のせい」ではなく、認知症に伴う抑うつ状態かもしれません。

「何かがおかしい」「うまくできなくなってきた」と自覚することで、自己評価が下がり、意欲が低下します。周囲の関わりが少なくなることで「役割の喪失」も起き、心が沈んでしまうのです。

なぜBPSDが起きるのか?

BPSD(認知症周辺症状)は、認知症のある方の誰にでも起こりうる症状です。しかし、その現れ方は人によって異なり、同じ人でも日によって変わることがあります。

それはなぜでしょうか?
BPSDの背景には、ひとつの単純な原因ではなく、いくつもの要素が複雑に絡み合っているのです。

ここでは、BPSDを引き起こす主な原因を3つの視点から解説します。

脳の変化

認知症は、脳の細胞が少しずつ傷つけられ、神経ネットワークに障害が出ていく病気です。

BPSDの症状は、特に次のような部位の機能低下と関係しています。

  • 海馬・側頭葉
    記憶や認識を担う → 「何が起こっているか分からない」
  • 前頭葉
    感情の制御・衝動の抑制 → 「突然怒り出す」「我慢がきかない」
  • 視覚・聴覚の中枢
    現実と幻の区別 → 「見えない人が見える」「幻聴」

つまり、ご本人にとっては「目に見えていること・感じていること」が事実であり、現実と幻想の境界線があいまいになっているのです。

心の変化

脳の変化だけでなく、認知症になることで生じる心理的なストレスや感情の揺らぎも、BPSDを引き起こす要因になります。

・「うまくできない」「言いたいことが伝わらない」
 → 不安・焦り・恥ずかしさ・怒りへ

・「子ども扱いされた」「誰にも必要とされていない気がする」
 → 自尊心の傷つき・孤立感・無力感

認知症の方も、言葉ではうまく表現できなくても、感情をしっかり感じています。

「理解されていない」「わかってもらえない」と感じることが、BPSDの引き金になることもあります。

環境・かかわり方の影響

BPSDは、ご本人の内的な要因だけではなく、まわりの環境や人との関わり方によっても強まったり、逆に穏やかになったりします。

環境による例

  • 部屋が暗くて見えにくい → 幻視・不安
  • トイレの場所が分からない → 徘徊
  • 音が反響している → 興奮・混乱
  • 生活リズムが乱れている → 昼夜逆転・不穏

人との関わりによる例

  • 怒った口調や早口で話される → 防御的に暴言・拒否
  • 否定される(「そんなこと言ってないでしょ!」) → 不信・孤立感
  • 子ども扱い・命令口調 → 自尊心の低下・反発

逆に、安心できる声かけ、ゆっくりした対応、適度な距離感があると、ご本人は少しずつ落ち着きを取り戻していきます。

BPSDは「病気」+「環境」+「人間関係」が作り出します。

つまり、BPSDは単に「病気がひどくなったから」ではなく、

脳の障害による誤認や混乱、気持ちのつらさや不安、悲しみ、生活環境や人との関係の中でのストレスといった、さまざまな要素が積み重なって生じるこころと身体の反応なのです。

だからこそ、対応するときも「薬だけ」や「叱るだけ」ではなく、ご本人の“今この瞬間の気持ち”や“周囲の状況”を丁寧に見つめることがとても大切になります。

家族のかかわり方

BPSDに直面したとき、つい「何とかやめさせなければ」と考えてしまいがちです。しかし、本当に大切なのは、その行動が何を意味しているのかを理解しようとする姿勢です。

たとえば徘徊は、本人にとっては「誰かを探している」「トイレを探している」などの意味があることが多く、暴言は「不安をわかってほしい」という叫びかもしれません。

こうした背景をふまえると、対応の仕方も変わってきます。

  • 否定せずに共感する(例:「財布がない!」→「大事なものだよね。いっしょに探してみようか」)
  • 環境を整える(トイレの案内、安心できる照明、静かな空間づくり)
  • 本人の人生歴や性格に合わせた声かけ・関わり
  • 日中の活動を増やして生活リズムを整える
  • 医師やケアスタッフと連携し、必要に応じて薬物療法を検討する

BPSDは変わっていく

BPSDは進行性ではありますが、環境や関わり方の変化で改善するケースも多くあります。また、症状は一定ではなく、波のように現れてはおさまっていくこともあります。

つまり、「どうせ治らない」「こういうものだから仕方ない」と諦める必要はないのです。

本人の“こころ”に耳を傾け、その行動の裏側にある気持ちを見つめることで、介護はぐっと楽になり、本人の穏やかな時間も増えていきます。

まとめ

「介護が辛い」と感じるときこそ、その行動の奥にある“その人らしさ”に目を向けてみてください。怒りっぽくなったのも、不安だったからかもしれません。徘徊を繰り返すのも、かつての習慣を守ろうとしているのかもしれません。

BPSDの理解は、本人の尊厳を守るケアの第一歩です。
私たち医療者も、ご家族も、「治そう」ではなく「理解しよう」という姿勢を持つことで、認知症という病を越えて、豊かな関係性を築いていけると信じています。

ただしそれは、「ひとりでがんばる」ことではありません。ときに休み、ときに投げ出し、ときに涙を流しながらでもいいのです。また、1人で抱え込まず、介護サービスの導入や、ときには施設入所という選択が、本人と家族双方の尊厳を守る道になることもあります。


あなたが壊れないことこそが、いちばん大事な“ケア”の土台です。

参照
公益財団法人長寿科学振興財団 健康長寿ネット 「認知症の周辺症状」
https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/ninchishou/shuhen.html

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